★★★
水堂とらくファン作品・空の民草の民シリーズより
幻想水滸伝2【カミマイ】妄想1
カミュー×マイクロトフ
5 minutes
「マイクロトフ」
端的に名を呼ばれるのを遠のきかける意識の隅で捉え、黒い頭の青年は力を振り絞って何とか返事をした
それに呆れた風もなく、書類が皺になる、と客観的且つ嘘偽りのない真実が飛ぶ
確かにこのまま意識を手放したら、彼の言う通りの事態に陥るだろう
わかっていると了解の意味で頷いてみたが、自身が思っている以上にのろのろとした動作だった
「いっそのこと、横になったらどうだ」
問いではなく、強く促すような声音に、ああ、と男は素直に応じた
体が仮眠を必要としていることは、指摘されるまでもなく自覚があった
外の者に人寄せをしないように言ってくる、と断って、青年の顔を覗き込んでいた少し背の低い影が素早く身を翻した
そんなことをしたら
そんなことをしたら、おまえの存在が部下にばれてしまう
…と言いかけて、自分以外の誰にも見えないのだったか、と朦朧とした意識の中で思い改める
なぜそんな確信があるのかはわからない
けれど指摘に促されるまま、青い騎士団長服の若者は、執務室の壁にあるクローゼットに併設された長椅子にその長身を凭れさせた
緩慢な動作で背中からスプリングの真上に沈むと、すぐに寝息が整った鼻腔から聞こえてきた
「邪魔をするよ」
一週間に幾度耳にするかはわからない
団長が執務を行う個室の前に設置された長く伸びた政務室に詰める団員たちにとってはもう慣れっこになってしまった声に、取って付けたような挨拶を送る
マチルダの最高権力者は誰もが認める白の騎士団長だ
次いで、内政や民事の訴訟を担当する赤騎士
道路の整備などのライフライン等、民間人の対応を行うのが青の騎士
その赤青の両団長が親交のある間柄であることは周知の事実だ
だが密会や密談というほど長い時間そこに滞在をしないので、誰も彼らに癒着があるなどとは大っぴらには指摘しない
カミューとマイクロトフは、過去には殴り合いもして両成敗になっているくらいの悪友としても有名だ
現状では彼らが手を取り合って取り組むような難事もない上に、現在の青騎士団長は謀略や策略というものにとんと縁がない人柄だと認識されていた
書類整理や政務なども精力的にこなすが、肉体労働が本来得意だとの覚えがめでたいというか
頻繁に下位の騎士らを連れて街の見回りに出かけるし、机上での仕事がある程度片付けば遠乗りに出かけて視察も行う
そのあとにまとめなければならない報告書も後輩である部下たちの手伝いをし、領民に相談事を持ちかけられればその場で持ち帰る
政治よりも領地内の実務に当たることが青騎士団の主な役割だった
無論、騎士団内随一の人員の多さから、同時に戦闘員としての力量や采配も求められる
騎士と聞いてすぐに思い浮かべるのは青の団長とその組織だというくらい、ロックアックスをはじめとしたマチルダ騎士団領の、特に市井の人々の間では彼らの名の覚えがめでたかった
ゆえに、その上に立つ白と赤の騎士団からは疎まれることも少なくなかったという
団長から仮眠を摂ると言われ、執務室から人を遠ざけるよう通達を受けていたが、寝るのは五分だと聞いていたのでさほど問題はないだろうと決めつけ、政務に当たる補佐役の青騎士たちは来客の有る無しについて気にも留めなかった
そもそも颯爽と鮮やかな紫色のマントを翻してやってきた者は常日頃から長居をすることはないし、休眠を妨げられた自分たちの団長と一悶着があったところで彼らには大した実害はないからだ
眠っているだろう上司は元々部下に対してやつ当たりはしないし、するとしても、同期で親友で気の置けない来訪者である男に対してだけだと予め分かっていたからだ
「……………」
軽いノックとともにドアを開き、断りもなく敷居を跨いだ男は、赤い団長服に身を包んでいた
「…いいご身分だ」
…というのは単なる独白だったのだけれど、なんとなく仮眠を摂っていそうだと勝手に想像をしていたので、視察がてらに立ち寄ってみたのだが
とはいえ、色の違う騎士団の詰める館内には赤騎士の最高位を務めるカミューといえどおいそれと近づけるものではない
管轄が違えば略式でも入館の際の署名や手続きは必要だし、そこの責任者がマイクロトフ同様に同期だったこともあり顔パスにしてもらっているけれど、公務であってもなくても滅多やたらと入って行ける場所ではなかった
カミューはそんなことは当たり前のようにわかっているし、白騎士の上層部からの監査が入れば問い詰められるだろうことは見越していたが、そんなものはどうとでも取り繕えると自負していた
なので気負いなく、部屋の隅のソファに腰から上を沈めて仰臥している友人の姿を見下ろした
室内や机の上は寝入る先刻まで激務に励んでいたことを彷彿とさせるような乱れぶりだが、退館する就業の時刻には綺麗に片付けられる
どんだけスーパーマンなんだと舌を巻きたくなるが、マイクロトフは自分同様に仕事ができる人物だった
意固地で頭が岩石よりも硬く、柔軟性に乏しいが、決めたことは必ずやる
必ず、と決めたものが、青騎士のまとめ役である団長位としての職務であるということが、そもそもの多忙の始まりだった
それ以前に、騎士となって配属が決まった時点で、この青年には私的な時間を有効に使うという思考はなかったな、とカミューは心中で独りごちる
なんでもかんでもマチルダのため
そのために邁進することに力を惜しまない
それは尊敬していた彼の祖父を亡くしたことで凝り固まった個人的で独善的な誓いだったのかもしれなかったが、そんなものはただの鎖だ、とカミューは考える
おのれを縛り付けて幸福な人間などいない
しかしそれをマイクロトフ本人に説こうとしても、最初から最後まで突っぱねられて終わりだ
心に余裕がないというか、頑として溶けない氷塊のような石の壁が青年の心の中にあるようだった
カミューはもう、それをどうにかしようということは諦めた
砕けないというなら、彼を消し炭にするほどの炎で溶かすのみ
長い時間をかけてでも、相手に気づかれないようにじわじわと
彼を堅固に護る障壁を、跡形もなく溶かすのみ
そう思った
しかし、それは今ではないし、策略を巡らせるのも罠にかけるのも、小さく細やかで、誰にも気取られてはいけないものでなければならない
当のマイクロトフ本人は疎か
「…………」
もう一度、親友である男の姿態を眼下に収める
自分よりも優れ、明らかに通った鼻筋
透き通るような、日焼けの残らない肌理の細かい肌
誰が見ても明瞭な目鼻立ち
意思の強いはっきりとした眉
滑舌と発声が良さそうな大きめの口
どこに出しても恥じないくらい見事な男振りなのに、なぜこうも蠱惑的に自分の眼には映るのだろう
こいつは誰よりも愚かな大ばか者、親友不孝者であるというのに
カミューは自嘲を交えてそう断罪すると、内心とは逆のことをした
殴ってやりたいほどの石頭の―――仕事人間の、頬には触れず、癖のない長い睫毛を近づける
短時間の仮眠とはいえ、苦しいだろう詰襟に長い指先をかけた
おまえはいつまで、とカミューは無意識に口にした
おまえはいつまで、眠り姫を続けるつもりだ
私の前で
音もなくそっと金具を外し、襟元に隙間を作り、整った爪先を忍ばせる
力を抜いて浅く開いた唇に、軽く同じそれを重ねる
だがしかし、相手が重い睫毛をゆるゆると持ち上げた瞬間、赤い影は目の前から立ち消えていた
「…カミューが来たのか?」
起床した旨と人払いの解除を告げに、マイクロトフは執務室からその姿を見せるなり、扉の近くにいた部下たちにそう尋ねた
はい、と今日一日部屋での勤務の担当を言い渡された騎士の一人から返事が返る
「ですが、すぐに帰られましたよ」
そうか、とマイクロトフは言われた額面そのままを受け取った
そして、おわかりになられましたか、との簡潔な問いに、同じように短く返した
「…どうやら寝込みを襲われたようだ」
「…………」
束の間、青騎士団の政務室の一角に沈黙が落ちた
場を取り繕うという意図があったわけではなかったが、ご無事で何より、という一人の騎士の冷静な応答を得て、ガヤガヤした普段通りの雰囲気にあっという間に戻ったが
よくお気づかれましたね、とカミューの来訪を指して投げかけられた問いに、マイクロトフは取り立てて顔色を変えることなく、「服装が乱れていたし、空気が変わっていたからな」、と平素の声音で返した
「……………」
実直が服を着て歩いているような上司からもたらされたのは、明らかにおかしな想像をしてしまうような回答だったが
あの短時間では誰がどのようにしても事に及んで済ませられないだろうと合点し、その話題は何事もなかったかのように日々の慌ただしさの中に紛れていった
5 minutes
―――たった5分の、永遠
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